キラキラしあわせ写真館

近況。

とっても月が綺麗な晩に、母がこの世を去りました。

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そしてそんな中でも私はまたひとつ年齢をかさね、生きていく。







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真夜中の病院。
真っ暗なデイルームの大きな窓に向かって座り、うそのように美しい月と、その下の静かな静かな街を見ながら、
私はこれからのこと、そう、まずは母と自宅へ帰るための手配の電話をしていました。
本当に、月がとっても綺麗な晩のことでした。


今まで大きな病気をした割には元気でいたけれど、数年前に病気がまたわかり、父と一緒に治療をしていた母。
今年のはじめに入院したけれど、自分で帰ってくることを決めて、春、自宅に帰ってきました。
自分で決めただけのことはあり、私や妹に迷惑をかけないように頑張っていたけれど、
今年の夏のはじめはとても暑くて、やっぱり体はしんどかったんだろうな、と今は思う。
父の1周忌が無事に終わり、仕事が忙しくて全然帰ってこないことを最初の頃は責めなかったけれど、
だんだんと責めるようになり・・・・
近い関係なだけに、言いたくないことも言ってしまうし、聞きたくないことも聞いてしまった。

それでも、本当はお互いに大切に思っていることをわかっていたし、笑っていたなあ、と思う。
とってもおしゃべり好きな母。と妹と私。よく笑って笑って笑ってました。
ちょっと前に入院することになって、家族が集うのは病室になりました。
毎日毎日仕事が終わってから母のところへ。家につくのはいつも22時過ぎだった。
寝るのは翌日になってしまうし、正直かなりきつい時もあった。


でも、もうあえなくなるということがどんなことなのか、みをもってしっていたから、がんばった。


それだけでも十分に非日常的な毎日なのに、病状が厳しいと思われる、との説明を受ければ
何もかもが手につかなくて、体は本当に疲れているけれど、全然眠った気がしない日々で、
でも、また朝になれば仕事に行かなくてはいけなかった。
本当に大変な日々だった。
今の今、母の体調はどうなのかと思うといてもたってもいられないし、
いつ病院から電話がかかってきても、本当はおかしくなかった毎日。
本当に、非日常だった。

が、当の母は、比較的元気でいろんな話をしたりいろんなわがままを言ったりして、それなりに
楽しく入院生活を送ってました。ほんと、いろんな話をした。
その日あったこととか昔のこととか、かばんを買いすぎる癖を注意されたりとか(笑)。
だいたいは今から行くと連絡をしたけれど、予告なしで行って、たまにすごく喜ぶ顔を見るのは嬉しかった。
そして、ほんと、たくさんのわがままをかなえてあげたと思います(笑)。たりないといわれそうだけど(笑)。

が、想定していたのとは少し違う形で、母は本当に月が美しい晩に、旅立っていきました。
ちょっと突然のことだったので本当に驚いたけれど、母はずっとずっとずっと立派でした。
私たちはそのことを誇りに思う。

そして今は、どうか今進むその道がつらくないように。光に満ち溢れているように。心から、心から祈る。



まだ全然整理がつかなくて、まだまだ非日常が続いていて、もうすぐ日常に戻らなくてはならないけれど、
その時きっと絶対の不在を感じるのでしょう。
何を話すわけでなくとも、家に帰ってくれば家族がみんなそろっていて、テレビがついていてにぎやかで
他愛もない話をした日々が確かにあった。お風呂に入る順番だとか、そんな本当にどうでもいい話。

そんな本当に普通の毎日はかけがえがなく、そしてこんなにもあっけなくもろいものだった。
私はあのころ、全然知らなかった。
でも、あのしあわせな毎日が消えてしまうわけではないことは間違いない。
みんなしみじみ、しあわせだった。

それでも、あんな日々がもう二度と来ないというこの想いが。絶対に来ないというこの事実が。


その気持ちを抱えて、大事に大事に抱えて、私は庭の花に水をやり、ご飯を作って食べて、
食器を洗い、洗濯をして、お風呂に入りお風呂を磨き・・・、日常をこなしていく。

どんな状況でも、生きていくしかない。それしかない。
こつこつ積み上げることしか今はできない。



とにかく、母は立派でした。
強く明るくあってくれてありがとう。
どうか、光に満ち溢れた穏やかな道を。

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by applejyugonn | 2013-08-09 00:51 | 日々の生活